洗脳に近い結婚生活から離婚へ

15,000人の離婚問題解決法

私は20歳で結婚、21歳で出産しました。

親からは猛反対を押し切った形での結婚でしたが、子供も授かりとても幸せでした。

 

しかし、妊娠8ヶ月頃から当時の旦那が外泊を繰り返すようになり、

いけないとは思いつつも携帯を見ると女性と浮気をしていることがわかりました。

そこからは何度話し合っても認めないので平行線‥

そうこうしているうちに子供が産まれ、これで少しは思い返してくれるかと希望を持ったのも束の間、

退院したその日にまた別の女性と外泊。

産んでからは、さらにひどくなりそのことを問いただすと手を挙げるようになっていました。

 

家庭にもお金を入れてくれなくなり、電気もガスも止まることも多々ありました。

それなのに私が働こうとするとそれを全力で阻止。

食材を買いたい時は旦那と必ず一緒に行かなくてはいけないと決められており、

私の財布の中には常に200円ほどしか入っておらず、

産後半年の頃には私の体重は妊娠前より10キロも痩せていました。

 

でも、親の反対を押し切って結婚した為、親にも相談することもできず

ひたすらその日々に耐えるしかありませんでした。

夜の生活も無理矢理、避妊もしない為、第二子を妊娠しました。

それからは、旦那には一切干渉することをやめて、とにかく子供達が第一と考えを改めることに。

すると心も少し楽になり、言い争うことも会話をすることもなくなっていました。

 

この家族の形でも、子供は両親揃っていた方がいいとこの時は本気で思っていました。

第二子を出産してすぐに、上の子が病気になり、

どうしても受診でかかる1時間ほど下の新生児を家で見てもらわなくてはいけないことがありました。

家を出てすぐ電話。

泣きすぎて殴りたくなると‥

やりかねないと思い、急いで家に帰っている途中、今まで辛かったことが頭の中を巡って、

急にこんな父親はいるが意味ないと気付きました。

 

2歳前の息子が父親に殴られる私を必死で守ろうとすること。

小さな子供が父親の顔色を伺っているなんてあり得ないことだと。

気付いてからはあっという間です。

次の日には必要な荷物だけを持って実家を頼りました。

その頃には30キロ台まで落ちてガリガリになった私を見て

両親は泣きながら私と子供達を受け入れてくれました。

 

離婚を言い渡すと、ロクに面倒など見てくれたこともなかったはずなのに、

子供は絶対に渡さないと言って離婚拒否。

1年以上話し合いを続けて、やっとの思いで離婚が成立。

それからすぐに実家に少し援助してもらって学校に通い始め、資格を取得。

実家を出て、1人で2人を養うくらいのお給料も貰えるようになりました。

 

気付くまで時間はかかりましたが、子供達が毎日笑顔でいてくれること、

お互いを思いやっている姿を見ると、離婚を選んでよかったと心から思います。



20,000人の離婚問題解決法

離婚問題については様々な事情が存在していますが、

この問題のスペシャリストである澁川良幸氏による解決法により、

困難なこうした問題もスピード解決ができるようになります。

澁川氏は、離婚カウンセラーとして有名な方で、

多くのメディアにて取り上げられています。


15,000人の離婚問題解決法

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL