離婚を決意するまで~離婚後の生活

15,000人の離婚問題解決法

地元の遊び仲間だった夫は、働くことが嫌いでお金を使うのは大好き。

できちゃった結婚だったので、生活の安定もままならないまま。

仕方がないので子供が2歳の時に私も働くことになりました。

 

頑張ってやりくりをし、なんとか不自由のない暮らしができるようになり、

私も仕事の量を抑え出した頃、夫はキャバクラ通いを覚え、

週の半分は飲み歩くようになり、生活もキツキツに。

 

子供は小学6年生でした。

夫に飲みに行く回数を減らして欲しいと切り出すと、

顔を真っ赤にして怒り出し、テーブルの上のものをすべてひっくり返して、

怒鳴り始めました。

 

この日から夫の私への暴力が始まりました。

夕飯を食べながら晩酌。「あ~そろそろだな」と同時に殴りかかってくる。

そんな毎日でした。

 

飲みに言って帰宅後、起きて待っていると「嫌味か!」と殴る。蹴る。

寝て待っていれば「ご主人様が帰ってきたのに寝てるんじゃねえよ!」と殴る・蹴る。

最初のうちは、殴り返していたのですが、それも疲れてしまい、抵抗することをあきらめました。

 

話し合いをしても言い争いになるだけ。

そのうち私は鬱病に。

それでも続く暴力に中学生になった子供が「もう我慢しないで別れちゃいなよ」と。

 

「そうか・・離婚してもいいんだ!」

と、急に晴れやかな気分になり、鬱を発症する前の気丈な自分に戻れたのです。

 

そこからは実家に行き、両親に経緯を話し、

同意を得てかあなれたら私だけ知り合いの家に仮住まいさせてもらえるように頼み、

子供は学校があるので実家に住まわせてもらうことになり、

自宅へ荷物を取りに子供と二人で行くと、夫が待ち構えていました。

 

何をされても何を言われてもシカト。

荷物をまとめて玄関先で夫に向かって

「家族を幸せにできない奴は、自分自身も幸せになれないってこと頭にいれとくんだな!」

と言い放ち、玄関を思い切り蹴っ飛ばして出てきました。

スッキリしました。

 

離婚届は郵送。

判を押したら実家に届けるように伝え、結婚記念日だった日に離婚届を出しました。

 

離婚後は知人に借金をし、アパートを借りて子供とふたり暮らし。

慰謝料は愚か養育費さえも払わずに借金を私に押し付け行方不明になった夫。

今でも許すことができず、恨みはあるけれど、離婚してからの人生は楽しいです。

 

未だにお金の苦労はあるけれど、仕事も充実し、プライベートも充実。

子供は離婚後に精神が不安定になっていましたが、28歳になり独立しました。

 

母子家庭は大変です。

国からの手当も生活するには足りないし。

修学旅行や高校入学なんて働いても働いても生活は楽にならない。

それでも、ろくでもない夫・父親との生活を続けるよりもりこんして母子家庭で

「貧乏だ~」と笑って生活する方がずっと楽しいと知りました。



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